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感情任せに日本を非難するのは絶対に止めろ、と韓国人記者が方針転換を要求 事実だけを使って日本を叩け

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2018/10/12 07:29
(キム・ドンウク東京特派員)
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1906年、日帝統監府は京畿道(キョンギド)水原(スウォン)に農業試験場を設置した。1910年に韓国を強占(強制占領)した後、朝鮮総督府がこの施設を全面に出して『優良品種米』の普及を企てた。熊本県の早神力(わせしんりき)、山口県の穀良都(こくりょうみやこ)、栃木県の多摩錦(たまにしき)のような、単位面積当りの生産量が多い品種の米を持ち込んだのである。

1920年頃には、朝鮮半島でこれらの優良品種が全体の米生産量の62%を占めた。そして1910年代初頭に1,200万石水準にとどまっていた米生産量は、1937年には2,700万石と2倍以上に増加した。

■ 蔓延する【日本万悪説(諸悪説)』
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日本産米が韓半島(朝鮮半島)に広がるには、日帝の強要が決定的な役割をした。しかし、当時の微弱な行政力を考慮すれば、生産者(農民)が積極的に新品種を受け入れなければ急速な日本米の拡散は不可能だった。在来種に比べて生産量が多く、病虫害に強い品種はこうして市場に広がった。現在、韓国の鶏肉消費の90%以上を飼育生産性が良い米国産のコーニッシュ交配種が占めているのと同じ理屈である。

経済史(農業史)教科書の片隅に書かれていそうな古臭い話を持ち出したのは、最近、国内放送とソーシャルネットワークサービス(SNS)などを通じ、「日帝が収穫量が少ない地元稲品種を抹殺する目的で日本米を普及した」という形式の主張を容易に接する事ができるからである。韓国吸収が差し迫っていた20世紀初頭、日本が地元稲抹殺を悩むほど緻密だったかどうかの合理的疑心は見当たらない。

問題は、地元稲の排除を取り上げる際に現れる感情的な『日帝万悪根源説』が、社会の随所で現在進行形で残っているという点である。最近、韓日間の外交問題に飛び火した『旭日旗議論』が代表的な例である。

韓国人の集団記憶の中に、旭日旗は日帝の侵略戦争を連想する『不気味な』存在である事だけは明白である。しかし、世界各国の軍艦が集まる観艦式に参加しようとしていた日本艦艇に対し、「
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